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■ホームレス時代の都市
●はじめに
私は今年8月に『マイホームレス・チャイルド 〜今どきの若者を理解するための23の視点』(クラブハウス刊)という本を上梓した。これは団塊ジュニア世代を中心に現代の若者新しい行動と価値観について分析したものである。
本書のキーワードはタイトルにもあるように「ホームレス」だ。私が「ホームレス」という言葉に込めた意味は三重である。
第一は、若者の行動や価値観が路上生活者のようになっている。食べながら歩いたり、街中に座ったり、寝ころんだり。電車内で座り込んで食べるなどは路上生活者でもしない。まともな大人が眉をひそめるそうした若者の行動をホームレス的と名付けたのである。
第二は、家庭の崩壊。特に、戦後的なマイホーム主義を担った家庭の崩壊である。
そして第三は、故郷の喪失。家族がかつて所属していた地域共同体の崩壊である。
現代社会の状況をこの三つの意味で私はホームレス的と呼んだのであり、最も直接的には高度経済成長期において急激に増加した近代的核家族=マイホームの意味喪失が、若者に限らず、現代人の様々な意識と行動に影響を及ぼしていると考えたのである。
詳しくは本書を読んでいただきたいが、こうした現代的な価値観が進行すれば、不動産開発業界の根底にある土地所有、マイホーム主義などの価値観もまた大きく変わらざるを得ない。明日から急に価値観が変わるわけではないが、しかし中長期的には必ず大きな変化が生まれて来るであろう。その変化の予兆を捉えるのが本連載の役割である。
●マイホーム主義の時代
高度成長期のマイホーム主義は、政治的な意味での冷戦時代=1955年体制時代に対応していた。それは大衆消費社会を目指す体制であり、消費財(マイホーム、マイカー)を、家族をひとつにまとめあげる紐帯として位
置付けたのであった。この体制の中で、男性は仕事中毒の企業戦士となって働き、女性は専業主婦&教育ママゴンとなって銃後を守り、子供はより良い学歴と企業を目指してさらに勉学に励むという拡大再生産システムが完成した。
マイホーム主義の中心はもちろん住宅だった。まさに55年に日本住宅公団ができ、2DKの団地や郊外のニュータウンが近代的な家族生活の舞台として理想化された。その舞台の上に揃えられた家電は、家事省力化という機能以上に、戦後の家族を近代的で豊かな家族たらしめるという機能を有していた。その意味では、あらかじめ家族があったから家電を買ったのでははく、家電を買ったからこそ家族たりえたのだとも言える。
●マイホーム主義の崩壊
しかしこのマイホーム主義は、1973年の第一次オイルショック以後の社会経済環境の変化のなかで、次第に崩れていく。企業・産業・経済の変化と並行して、家族や学校も大きく動揺した。離婚、家庭内暴力、校内暴力など、それまでの家族や学校の体制が崩れ始めていた。そして家族や学校という集団よりも個人を重視する価値観が台頭していた。
そして、1990年代以降の新しい若者の価値観には、もはや家族への期待があまりない。家など買わず、冷蔵庫も洗濯機も持たず、自動車も持たず、結婚もしない、そんな生き方が求められているように思える。どこにも定住せず、いたずらに私有せず、そのとき必要な最低限の物だけを持ち歩き、そのとき必要な最低限の人間とだけつながりあいながら生きていく、そうした生き方が若者に新鮮さを持ち始めているように見える。
●高円寺 〜郊外世代の脱郊外願望
こうした新しい価値観を持った若者の街として近年人気が上昇してきたのが高円寺だ。なぜ高円寺が人気なのか。私は、高円寺に住む若者にインタビューした。
(20代 男) 高円寺に来てからは肩の力が抜けた気がする。田舎にいるときはきれいなものとかかっこいいものが一番だと思っていたけど、それだけじゃないんだってことがわかった。本当にお金がない時は、近くに生えてる草を食べたこともある。そうしたら近所のおばさんがこれはおいしいわよとかいって食べられる葉っぱを教えてくれたりした。
(19歳 女) 大磯にいるときは、何もないところでつまらなかった。高円寺に住もうって物件を探しに来たとき、街の活気ある雰囲気を見て、私が求めてたのはここなんだ、ここが私の住む場所だって思っちゃいましたよ。ごちゃごちゃしてて、汚いところがほっとするし、高円寺に集まってくる人みんなが、やりたいことを持っているのがいいと思う。
(30歳くらい 女 高円寺で小さなギャラリーを経営する) 高校時代にシェークスピアシアターを見に来たのが高円寺との最初の出会い。高校卒業後入学した美術専門学校がまた高円寺。学校へは川崎市多摩区の実家から通
ったが、卒業後はずっと高円寺に住み続けている。実家の近くは家ばっかりで、カラオケボックスくらいしかない。高円寺はごちゃまぜで、街に普通
のおばあちゃんがいたりして、それほどおしゃれじゃないところが好き。
このように、若者が高円寺に感じているものはまさに本当の意味での都市が持つ、異質なものの混在の感覚と自分らしさの回復という感覚だ。それは郊外の新興住宅地の、均質で人工的で同調圧力の強い文化の対極にあるものである。
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