団塊ジュニア

●団塊ジュニアは第2次ベビーブームと同じではない

 戦争が終って戦地から帰ってきた男性が種の保存欲求に燃えて子どもを作り、その結果 47、48、49年と毎年270万人、合計810万人の子どもが生まれた。これが団塊の世代であり、第1次ベビーブームと言われた。



 
その後、出生数は減っていくが、1960年代からふたたび増加し、1971年から74年にかけて毎年200万人の子どもが生まれて戦後二番目のピークをなす。これを第2次ベビーブームあるいは団塊ジュニアという。
 しかし、確かにこれは第2次ベビーブームであるが、実は必ずしも団塊ジュニアではない。そこを間違えてはいけない。
 そもそも団塊ジュニア世代という言葉は、新聞やテレビが報道上の必要から作った概念のようだ。 だからきわめて機械的に1971年から74年に毎年200万人生まれた人だけを団塊ジュニア世代あるいは第二次ベビーブーム世代と定義してしまったのだ 。
 しかし、素直に考えれば、団塊ジュニアというのは、団塊世代の子どもという意味である。だとすると、71〜74年生まれは本当に団塊世代の子どもなのか、という疑問が沸いてくる。
 よく、団塊世代は全共闘世代であり、ビートルズ世代であり、フォーク世代であるなどと言われる。戦後の新しい若者文化をつねに切り開いてきたなどと言われる。それが本当であるとすれば、彼らの子供は面 白い世代になるのではないか、という予想ができる。
 しかし1970年代前半生まれは、おとなしい世代であると言われている。どこが団塊世代の子供なのか? 団塊世代はあんなにうるさかったのに、、、と思うわけだ。
 実はそれはそもそも間違いなのだ。団塊世代の子供は71〜74年にはまだあまりいない。75〜79年に多いのだ!
 団塊世代の女性は、1971年がもっとも婚姻が多かった。男性は少し遅れて結婚するから73年がピークだ。
 したがって、当然、子どもの出生数もずれてくる。

  図を見ると、団塊世代の女性が出産したピークは74年である。お父さんが団塊世代である子どものピークは、76年。お父さんかお母さんか、とにかくどちらかが団塊世代――家庭のなかに団塊世代のにおいがする、という子どものピークはだいたい75、6年である。お父さんかお母さんのどちらかが団塊世代である子供が、全出生数の50%以上になるのは、73年から80年である。この8年間で1450万人が生まれたが、その65%、950万人が団塊世代を親に持っているのだ。
 しかし、私としては、母親だけが団塊世代で、父親が団塊世代以上の世代であるばあいは、団塊ジュニア世代とは言いたくない。両親とも団塊世代か、少なくとも父親が団塊世代である世代をこそ団塊ジュニア世代と私は呼びたい。それはつまり両親ともに戦後生まれということであり、戦後第二世代ということである。
 父親が団塊世代で、かつ母親が団塊世代かまたはポスト団塊世代である子供がたくさん生まれたのは、1975年以降である。父親が団塊世代である確率が最も高いのは78年で45%である。父親が団塊世代である子供が全出生数の  %を占めるのは7  〜  年である。
 このように、新聞などが定義している団塊ジュニア世代は偽物で、団塊世代の子供という意味での本当の団塊ジュニア世代=「真性団塊ジュニア世代」は、「ニセ団塊ジュニア世代」より5歳若い、70年代後半生まれということになる。
 この「真性団塊ジュニア世代」は、振り返ってみれば本当に面白い世代だ。特に女性は面 白い。90年代の女子高生ブームはこの真性団塊ジュニア世代が高校生になったから生まれた。ファッションでいえば、コギャル、ルーズソックス、アムラー、茶髪、109のカリスマ店員、ストリート系ファッション、これらはすべて真性団塊ジュニア世代が中心となっていた。ヒット商品で言うと、写 るんです、たまごっち、プリクラ、PHS、携帯電話なども真性団塊ジュニア世代が高校生時代に火をつけたものだ。音楽では、90年代以降、ドリームス・カム・トゥルー、小室哲哉(trf、華原朋美、GLOBE等)、B’zなどが何百万枚ものセールスを記録したのは、彼らが小学生から高校生時代にそれらの音楽を支持し続けたためである。
 ここで戦後世代の若者文化について簡単に述べておこう。最初の戦後世代である団塊世代は終戦直後の1947〜49年生まれである。彼らが若者文化を創ったのはほぼ1960年代半ばから。平凡パンチ、ビートルズ、フォークソング、グループサウンズ、全共闘運動などがそれだ。
 次に新人類世代が登場する。新人類世代は昭和ヒトケタ世代の子供であり、1)で述べた1960年以降の所得倍増計画期の日本で生まれ育った。彼らが若者文化を形成するのは、したがって団塊世代の若者文化形成期から15年ほどたった1980年代初頭からだ。具体的には、クリスタル族、女子大生ブーム、オールナイトフジ、Hanako族などであり、団塊世代と比べて消費志向の強い文化を創造した。
 雑誌で言えば、ポパイ、ホットドッグプレスのようなカタログ雑誌、マニュアル雑誌、JJ、CanCamなどの女子大生雑誌、オリーブのようなメルヘン的なかわいさを訴求した雑誌が新人類世代によって拡大した。また新人類世代は団塊世代文化への反動から極度に政治嫌いであったことも特徴だ。
 さらにそれから15年後の90年代半ばから真性団塊ジュニア世代が台頭することになる。先に述べたように、真性団塊ジュニア世代は団塊世代以後の戦後世代の二世代目であり、時代的にはちょうど1973年の第一次オイルショック後に生まれた、つまり高度経済成長が終わってから生まれた世代である。
 彼らの文化の特徴は、新人類世代と対比するとわかりやすい。新人類世代の文化は、一言で言えばネアカ志向であり、軽く、明るいことがよしとされた。また清潔志向、ワンランクアップ志向、ブランド志向であった。象徴的には、朝シャンをしたサラサラロングヘアこそが新人類世代の文化の象徴だ。
 それに対して真性団塊ジュニア世代の髪は茶髪、金髪だ。だからポパイやオリーブは真性団塊ジュニア世代には支持されなかった。彼らが支持したのは「東京ストリートニュース」のような、まさに街にいる、ストリートにいる普通 の高校生が主役の雑誌だった。だから私は、真性団塊ジュニア世代を「ストリート世代」とも呼んでいる。
 新人類世代と真性団塊ジュニア世代との対比は、このあとより詳しく具体的に説明するが、15年周期で戦後の若者文化の担い手が変わっていき、その内容も変質していったと言うこと、その背後には親の世代が関係しており、またちょうど時代の変化も関係していたということを、まずは理解していただきたい。
 図は78年生まれの【ライフヒストリー】である。
 生まれたのは『ジャパン・アズ・NO.1』という本がベストセラーになった年であり、翌年にはウォークマンが発売され、松田聖子がデビューしている。YMOも78年に結成されていてテクノポップスが人気になり、世界で認められた【日本の】最初のロックバンドとなった。エアロビクスが80年代すぐに流行り、ジャパネスクのような日本文化見直しのキャンペーンが電通 によってはられた。また、80年は自動車生産世界一になった年でもある。
 世の中は、マーケティングの世界で言えば女子大生ブームで、20歳そこそこの若い女の子がもてはやされ、クリスタルブームといってグッチだヴィトンだとブランドを持つことが当たり前だった。
 全体として、日本の自信がひじょうに高まった時代に生まれたといえよう。小学生くらいになってふと気づくと、日本はトップだ、なにを作っても世界一だ、生産量 も品質も世界一だ、といった自信にあふれた情報がテレビや新聞をにぎわせていた。そういう時代に幼少期を過ごしているのである。
 小学校時代にはバブル期が完全に重なるので、金があれば何でもできる、金なんて湯水のようにあるぞ、という風潮のなかで多感な小学生時代、中学生時代を過ごした、ということになる。 そして、自分たちが小学生、中学生の頃に、自分たちよりちょっと上のいわゆる第2次ベビーブーム世代の女子高生たちが、時代の寵児になりはじめた。第2次ベビーブームはイチゴ世代などと呼ばれて、15歳にして消費者として扱われていた世代であり、女子高生ブームになる前から、第2次ベビーブームに向けて制服をおしゃれにしようだとかという仕掛けがすでになされていた。つまり、世の中の風が、高校生、中学生、15歳といった方向に向いているという雰囲気のなかで、自分たちも小学生、中学生になっていったということである。
 そして、高校生にあがるころには完全に時代の主役になっていって、ポケベル、ケータイ、PHS、プリクラ、たまごっちといった風俗的な流行商品は、全部女子高生が作る時代になった。前倒しに消費者として訓練されてきているということなのである。極端に言えば、小学生になるころには消費者であったという世代で、消費者としての体験を前倒しでどんどん積むようになってきているといえよう。
 そういう、消費者としての前倒しが本格化したのが、団塊ジュニアであろう。