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■ハッピー・マニアと美人願望
安野モヨコの『美人画報ハイパー』がベストセラー化している。これはコスメ雑誌『VOCE』の連載をまとめたもので、安野があらゆる化粧品と美容テクニックを使って美人に生まれ変わるという、一種の体験記だ。
安野の代表作は『ハッピー・マニア』だが、この漫画の登場人物は、みなおしゃれでブランドが好きで化粧品に詳しい。安野もそうなのかどうか私は知らないが、すくなくとも外見は「おたく」系のもっさりした女性で、丸顔で化粧っ気もない。締め切りに追われる毎日だから、化粧なんてしてられないし、それでも気にしないようなタイプに見える(それは『美人画報ハイパー』の前作『美人画報』に掲載されている顔写
真を見ればわかる)。
この安野を、しかし『VOCE』は変身させた。『美人画報ハイパー』に掲載された全身写
真は、まるで銀座のマダムか有閑階級の主婦のよう。読者はみな一体これは誰!?と驚愕したはずで、それが安野自身だと気がつけば、どうしたって本を買わずにはいられなくなるのだ。
『美人画報ハイパー』のベストセラー化に示されるように、20代を中心とする女性における安野の人気はもともと相当高いのだが、その人気が『ハッピー・マニア』によって形成されたものであることは間違いない。
『ハッピー・マニア』は重田加代子という20代後半の、独身でフリーターの女性が主人公だ。彼女は理想の彼氏との出会いを非常に激しく求めていて、そのためいつも男から男へと移り歩いている。たまたま仕事で出会ったかっこいい男性を追いかけて、そのままセックスすることもたびたび。しかしまた元の彼氏が自分には合っていると思ってよりを戻すことも日常茶飯事だ。昔の価値観で言えば、馬鹿な尻軽女だが、この重田の行動こそが、今最も若い女性の共感を得る生き方なのだ。
最近の女性は別れた男性を元彼、元旦那と呼び、別
れたのにまた付き合っているケースも少なくない。今私が行っている調査でも、元彼と付き合っている25歳のOLがいる。見た目はごく普通
の育ちの良さそうなお嬢さんだが、そうなのである。 また、男女に限らず、同時に交際相手を複数持つ「二股」「三股」も常識化している。別
れた相手が他の相手と結婚しても、まだ交際をつづけることも多いようだ。
そうした行動から見えてくるのは、恋人や結婚相手選びが、チョコレートを選ぶのと同じ選択的消費行動になっているということだ。選択的消費だから、一度に何種類もほしいし、昔のものもたまに欲しくなるのである。
しかし、ややこしいのは、彼女たちも、そういう状態に満足はしていないということだ。やはり最後は結婚したい。
だが相手に妥協はしない。結婚相手選びはチョコレートのようにはいかない。買い物でいえばン億円の買い物だ。だから慎重になるし、自分にとって最適な相手を選びたいと考える。しかも相手に望むのは経済的・社会的地位
だけではない。いつまでも恋人のように心がときめくこともまた彼女たちは望むのだ。
もちろん、そう簡単に自分にとって最適な相手は現れない。いつまでも恋人同士のように心がときめき、お金も地位
もある相手は見つからない。だが、彼女たちは妥協しない。 『ハッピー・マニア』の最後で、重田は、自分に片思いしてきた心優しい男性と結婚する。しかし重田は結婚式を前にしてウェディングドレス姿で叫ぶのだ。「彼氏が欲しい!! 心がふるえるような恋がしたい」と。その言葉は、おそらく今、多くの女性にとっての真実であろう。安定しているが退屈な結婚生活よりも、心がふるえるような恋をする彼氏が彼女たちは欲しいのだ。
さらにいえば、消費はこれまでこうした女性の願望を代償的に充足してきたといえる。つまり、心がふるえるような彼氏はなかなかいないが、心がふるえるほど欲しい物はあったのであり、それを買うことが理想の彼氏のいない空虚感を埋めたのである。
しかしそうした代償行為もいよいよ限界に来ているのではないかという気がする。物欲が恋愛を代償することができなくなっているのではないかと思うのだ。
それは『ハッピー・マニア』の読者層の平均年齢が、おそらく27歳を過ぎてきているからだ。漫画の世界だから共感しつつも笑って馬鹿にもしていた重田加代子に自分がどんどん近づいていることに、みんな気が付き始めたのだ。自分で自分を笑えないとすれば、焦る。しかも美人になった安野は婚約した! 私も結婚しなくちゃと、ますます焦る。
しかし、焦った彼女たちがそれではどんどん結婚するかといえば、そうとも思えない。むしろ彼女たちは、その焦りを解消する何かの方法を模索しはじめるのであり、その一つが「美人」になるということなのだ。彼女たちは美人になることで、自分の中の焦りを鎮め、まだまだ自分が勝負できる女であることを示そうとしているのである。
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