トヨタが今年はじめに発売したウィッシュという車が毎月1万5000台以上売れている。これはホンダのファミリー向けミニバン、ストリームを追撃するために発売したもので、車体があまり大きくないが3列シート、7人乗りである。3列シートというと、ホンダのオデッセー、トヨタのエスティマのように車体が大きくなるが、それだと女性が運転しにくい。しかし平日車を運転するのは女性の方が多い。そこで小型だが3列の車が欲しいという声に応えてストリームが発売され、30代のファミリー層にヒットした。そこでトヨタも同種の車を出してきたわけだ。
ウィッシュ発売に先立ち、おそらくトヨタは今の30代の分析を綿密に行ったはずだ。30代でも前半と後半では微妙に価値観が違う。30代後半は1964〜68年生まれで典型的な新人類世代。学生時代から若手社員時代がバブル期にあたり、テニス、スキー、ゴルフ、ディスコなどの遊びに明け暮れた。そのためには車も必須であり、たいへんドライブ好きな世代。トヨタソアラ、ホンダプレリュードのようなスポーティな車を好む。
他方、30代前半は69〜73年生まれであり、第2次ベビーブーム世代を含むので人口が多い。ここ2,3年でどんどん出産、子育て期に入る。だから企業としては新しい市場として注目している。
だが、この世代は、人口が多いために小学生時代から受験競争が厳しかった世代でもある。「日東駒専」といった言葉が流行るほど、下位の大学でも偏差値が高まった。よって大学進学をあきらめざるを得なかった者も多く、男子については大学進学率が低下。また男女合計の大学合格率という指標では戦後最も低い世代となっている。大学合格率とは、大学進学希望者に対して実際に大学に進学した者の比率をいう。つまり、彼らは大学に進みたくても進めなかった者が多く、かつ競争が厳しかったので志望大学に進めなかった者も多い世代なのだ。
そうしてようやく入った大学なのに、入学するやいなやバブルがはじける。アルバイトは減り、就職は氷河期となる。また人口の多さがあだになり、会社訪問で駆けずり回る。先輩は遊んでいても一流企業に入れたのに、自分たちは厳しい競争をしても二流企業にしか入れない。そんな思いを持っている者が多い世代だ。つまり、自分たちはアンラッキーだと思っている世代なのである。だからこの世代は浮ついた宣伝文句に踊らされない。消費に対して慎重で、堅実であり、買っても損をすることが少ない物を買う傾向が強い。ウィッシュはまさにそうした世代を狙っていた。
慎重で堅実で合理的な第二次ベビーブーム世代は、車を買うとき何を考えて買うのだろう。ネアカでノリの軽い新人類世代は、六本木あたりを走って女の子がナンパできる車を好んだ。車に限らず、新人類世代の消費にとっては、男女ともに異性の視線が重要だった。テニスをするのも、ゴルフをするのも、サーフィンをするのも、ディスコで踊るのも、ブランド物を買うのも、もちろんボディコンファッションで身を包むのも、みな異性の目を引きつけるためだった。
しかし第二次ベビーブーム世代以降になると、そういう異性の視線があまり重要でなくなる。物を買うのはまず持って自分の自己満足のためであるという価値観が強まる。たとえば女性がブランドを買うのも高級化粧品を買うのも、男性を引きつける魅力を増すためというより、あくまで自分の気持ちよさのためなのだし、男性がロレックスを買うのも、女性にちやほやされたいからではなく、やはり自己満足のためであり、もしかして、いつかお金に困ったときにオークションで高値で売るためである。概して彼らの買う物は、一時の流行で終わる物ではなく、いつになっても価値が低減しない超定番品であることが多い。それは本物の価値を認めているからとも言えるが、所詮物は物であり、いつか飽きて売ることもあるとすれば、高く売れる定番品のほうが得だという判断に基づいているとも解釈できる。
このように、第二次ベビーブーム世代は物を買うときに、先々を見越していろいろなことを考える。受験や就職という人生の大事な局面で、バブルの崩壊という危機に直面してきたからだ。今や良くてもいつかだめになる、そのとき慌てないように考えるのである。
こういう彼らが車を買うときは、生活の中で車が必要になりそうないろいろな局面を想定して買う。毎日彼女が子どもを保育園に連れて行くとき使いやすい車がいいとか、うちの父親もそろそろ年で、毎月一回病院に通うようになりそうだ、そのとき俺が車に乗せて行かなきゃいけないとか、そういうことである。つまり、団塊世代や新人類世代のように、絵に描いたような明るく楽しい家族像をイメージさせるファミリーカーを求めない。彼らは、いつ何があるかわからない世の中で、何とか自分たちの家族は無事に生きていきたいと願い、だから、いつでも、どんなときでも、どんな人が運転しても安心して運転できる車が欲しいと考えるのだ。だからウィッシュのコンセプトは「ピープルズ・カー」(人々のための車)なのであり、広告のコピーは「WISH COMES TRUE」(願いがかなう)なのである。
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