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003 ファスト風土化した日本と危険な地方農村部
1.ヤマダ電機のある風景
今年も地方で少年犯罪を含む事件が相次いでいる。最も悲惨な事件は、長崎市で起きた幼児殺害事件であろう。容疑者が12歳の少年であったことは、犯罪の低年齢化傾向がさらに進んでいることをわれわれに実感させた。また、新聞を読むと、昔の長崎はもっと人の顔が見えたのに、今は見えなくなったというコメントが寄せられていたことが印象的であった。長崎にどんな変化があるのか?
私はようやく時間をとって、9月初旬に長崎へ行くことにした。大村湾の中に浮かぶ長崎空港から長崎市中心部まではバスで800円、約1時間である。
市内に着くと、早速路面電車に乗り換えて、幼児がさらわれたヤマダ電機に向かった。市の中心部から国道206号線で3キロほど北上し、少し西に折れた場所、浦上川という川に面してヤマダ電機はある。国道の東側には原爆資料館、浦上天主堂、平和記念像などがある。
ヤマダ電機は2階建てで、1階は駐車場、店舗は2階のみなので、さほど広い店ではない。幼児がさらわれたゲームソフト売り場はフロアのほぼ中央にあり、その周りに家電製品などが並んでいる。陳列されたゲームソフトが売り場を隠しているので、小さな子供の姿を見失いにくい。
私は吉祥寺のような繁華街に住んでいるので、西友や伊勢丹などで子供を遊ばせる場合でも、あまり子供から離れなかったし、遠くからでもつねに子供が見えるところで子供を遊ばせるように心がけてきたつもりだ。
それでもたしかに、子供を遊ばせている間に眠くなって店内のベンチで寝てしまうことはよくあったし、その間に子供を見失うこともあった。まして長崎だ。東京よりは安全だと思うのは当然だ。つい子供を一人で遊ばせてしまう親の気持ちもわからないではない。地方の人自身が地方の変化に気づいていない、気づいていてもまだ心のどこかで過小視する面があるのだろう。
しかし、長崎県の犯罪認知件数は1998年には10420件だったが、2000年から2002年は13000件から14000件台である。急に4割も犯罪が増えている。長崎も変質しているのだ。
2.川向こうの開発と中心市街地の衰退
ところで、このヤマダ電機の立地はなかなか象徴的である。長崎の地理には不案内だが、前述したように市の中心部から北へ3キロほどの、国道から少しそれた川沿いにある。川の反対には大きな市民体育館、陸上競技場、ラグビー場、市民プール、武道館があり、市のスポーツ拠点になっているらしい。地方都市では、こうしたスポーツ施設や行政施設が郊外につくられることが多いが、長崎市もそうなのであろうか。また、ヤマダ電機の隣には長崎ちゃんぽんのチェーンストアで東京にもあるリンガーハットがあった。やはり典型的な郊外の風景である。
この、川の向こうの国道沿いという風景は、現在の地方都市の郊外化を象徴する、まさに全国共通均質の「ファスト風土」(注:ファストフードのように全国均質な大量生産された風土の意味。三浦展の造語)の典型的な風景であるように思う。
私の育った新潟県上越市もそうだ。私の家は昭和38年に農地をつぶしてできた団地だが、家の目の前にはまだ田畑が広がり、その向こうには大きな川があった。川の向こうも市内だったが、文化的にはかなり農村的になる。昔は全く田圃しかなかったが、今はほとんどが宅地化され、県立病院なども中心部から移転してきた。スーパーマーケットやコンビニもたくさんできた。当時日本一の売場面積と言われて全国的にも話題になった上越ウイングというパワーセンターも、この川向こうにある。国道18号線と北陸自動車道のジャンクションのすぐ近くだ。
上越ウイングの成功で客を奪われたジャスコも今は近くにある。そもそもジャスコが上越市に出てきたのは、1970年代中頃だ。駅前に長崎屋が出店したことにより地元百貨店のいづも屋の売上が落ち込んだために、いづも屋をてこ入れすべくジャスコがいづも屋の一部として入って来たのである。
その後上越市の郊外化が進み、駅前商店街自体の力が低下すると、ジャスコは郊外のロードサイドに移転し、いづも屋はつぶれ、解体されて、今はホテルになった。そうして郊外に移転したジャスコが、上越ウイングに一時期客を取られると、また移転してしまったのである。古いジャスコは一旦空きビルとなったが、今は市の貸し会議室として使われているらしい。当然周囲の活気は薄れる。一体ジャスコには街をつくるという気持ちがまったくないのである。ただ客が集まりやすいところに店を出す。客が減れば退店する。その後の街については何も考えない。もともと地元の資本ではない。だから地元の商業や街がどうなっても構わないのであろう。
私の郷里にジャスコがあったからたまたまジャスコを例に取ったが、もちろんジャスコだけでなく、どんなショッピングセンター企業でも同じようなものであろう。そごうにしても、多摩ニュータウン、木更津など首都圏の重要な業務核都市の駅前に出店しておきながら、経営に失敗するとすぐに退店する。大企業として、街の中心に店を出すことの社会的な責任、都市計画的な責任が全くわかっていない。ただ金儲け、土地ころがしのためだけに出店したと言われても仕方ないであろう。
武富士放火事件があった弘前市田町も、旧市街地から見れば、川向こうに位置する。武富士はJR弘前駅前の中央通りと国道7号線を結ぶ比較的大きなバイパス道路沿いにあるが、バイパス沿いにはツタヤ、パリーミキ、サンマルクなどの郊外型商業施設が建ち並んでいる。犯人の小林光弘は青森県浪岡町のタクシー運転手だったが、弘前市と浪岡町は国道7号線で一直線に結ばれているので、彼にとってこの一帯は庭のようなものだったろう。
田町の南には土淵川という川が流れており、川の南のバイパス沿いに総合保健センターや市営住宅、衛生病院などの公共施設がある点は、長崎市のヤマダ電機付近とよく似ている。土淵川は弘前市の旧市街地を横断する川であり、弘前城のお堀もこの川とつながっている。おそらく田町は、その名前から言っても、おそらく古くはただの田園地帯であり、過去20−30年の間に開発が進んだ地域に違いない。
川向こうだから土地が安い。権利関係も単純だ。よって開発がしやすい。開発すれば利益が得やすい。土地を売った者は濡れ手に粟で億万長者になれる。行政から見ても、民間資本から見ても、地主から見ても得なことばかりだ。だから川向こうの田園地帯に幹線道路が敷かれ、その道路沿いに生産拠点や流通拠点が整備され、住宅地が開発され、大型ショッピングセンター、ロードサイドレストラン、安売り店、パチンコ店、カラオケなど多くの商業・娯楽施設が立地するようになる。いかにも単純な開発図式によって、日本中の農村地帯があっという間に変貌してきた。
ちなみに青森県の犯罪認知件数は、1998年の10755件から、2002年は19202件に倍増しているが、検挙件数は7656件から5398件に減少している。一体青森県に何が起きたのだろう。ただ不況のためだけであろうか。そもそも不況に耐えるためのコミュニティが崩壊してしまったのではないか。
3.都市の中心の空洞化は、その都市の歴史と共に生きてきた人々の精神をも空洞化させないか?
話を長崎に戻そう。国道206号線に戻り、被害者の幼児が住んでいた北陽町に行くため、バス停に行った。このバス停には非常にたくさんのバスが来る。地図を見て合点がいったのだが、このバス停のすぐ着たがY字路になっており、どちらに進んでも道路沿いにたくさんの新興住宅地が開発されているからだ。
こんなにたくさんバスがあっては、どれがどれだかわからないなと思った私は、結局タクシーを拾って北陽町に向かった。
北陽町はY字路から3キロほど206号線を北上し、さらに28号線を西へ1キロほどいったところにある。住宅地としては30年以上前に開発されたという上床団地が急な斜面にあるが、ほかはまだほとんどが山林だ。その北陽町の手前には、市営滑石団地、さらにその隣には虹が丘町、エミネント葉山町など、いかにも新興ニュータウン的な地名が見える。
Y字路から北東へ34号線を走り1キロほどして浦上貯水池に沿って北上すると、女の都(めのと)という地区に団地がある。さらにその北は長崎市を超えて長与町に入るが、そこには青葉台団地、まなび野、長崎サニータウンといったニュータウンが並んでいる。
長与町は90年の人口が33640人だったが02年は41808人と24%も人口が伸びている。町でありながら4万人という人口は、いかにこの町が長崎市の郊外として発展しているかを証明している。
中でもまなび野は、つい最近に分譲が開始されたばかりらしく、長崎県立シーボルト大学を中心に、非常にきれいな街並みがつくられている。
「やっぱり一番新しいまなび野が一番いいですね」と私はタクシーの運転手にお世辞気味に言った。
「そうでしょう。やっぱり比べちゃうとね。もっと南の大手っていうところにも古い団地があるですけど、これはもういかにも高度成長期って感じのところでねえ。全然まなび野なんかとは違いますよ」
何だったらそこも見ますかという運転手の誘いに乗って、私はその大手というところにも案内してもらった。そこはまたかなり険しい坂の町であり、坂に沿ってまっすぐに道がしかれ、古い住宅が並んでいた。坂の一番上まで上ると、私は撮影のためにタクシーを降りた。
「あの電信柱のむこうの方に学校が見えるでしょ。こんなこと言っちゃいけないんだけど、あれが例の事件の子の中学校ですよ。その中学校の向こうに見えるのがその子のマンションです」
私は「例の事件」の取材に来たなどと運転手には話していなかったが、最初に向かったのが北陽町であり、そのあといくつも住宅地を見てきたので、運転手はきっと私が「例の事件」の取材に来たのだろうと思ったのだろう。
運転手が教えてくれたあたりは、ちょうどあのY字路の北側一帯の三角地帯であった。長崎大学やダイエーもある。そこはまさに長崎の郊外の入り口である。
大手の坂を下りると、タクシーは長崎大学の横を通って、市街地に向かった。大学付近の商店街には空きが目立った。長崎市の人口はここ数年漸減している。にもかかわらず郊外にこれだけ住宅地がつくられると言うことは、当然中心地の人口は減少しているはずだ。郊外に住んだ人々は郊外の店に行くので、中心部の店は売り上げが減り衰退し、最後は空き店舗になる。長崎だけでなく、日本中の地方都市で起こっている現象だ。街の中心が空洞化し、人、物、金すべてが郊外に分散する。
たしかに、都市の過密が問題だったからこそ、郊外化が進んだのだ。だがそれは都市が空洞化していいということではない。都市の中心の空洞化は、その都市の歴史と共に生きてきた人々の精神をも空洞化させないか? そう問うてみる必要がある。
4.佐賀は精気を吸い尽くされて骨と皮だけになったような状態
長崎の郊外化を見た私は、JR長崎本線で佐賀に向かった。佐賀では一泊して市街地を観察した後、例のバスジャック事件と同様、西鉄バスに乗って福岡まで行くという計画だ。
長崎から佐賀までは特急で83分、運賃は3940円だ。ところが佐賀から福岡までの高速バスの運行本数は平日43.5往復 土・日祝日 52.5往復、時間は65分、料金は1000円。しかも回数券を買うと1万円で14枚。つまり700円ほどで福岡に着く。家族3,4人で往復することを考えれば、誰でも回数券を買うだろう。東京駅からJR中央線特別快速で八王子駅までが50分 780円だ。佐賀市民から見れば、県内で買い物をするくらいなら、福岡に行った方がずっと楽しいということになる。
かくして佐賀の現状は、まるで精気を吸い尽くされて骨と皮だけになったような状態である。JR佐賀駅前から佐賀城趾までを歩いてみればよい。無数の駐車場がある。店や会社がつぶれて駐車場にするしかなかったのであろう。
最近は、はなわの歌で佐賀は有名だ。
はなわは1976年、埼玉県春日部市(クレヨンしんちゃんの舞台)の生まれで、幼稚園までは千葉県我孫子市で育ったという典型的な首都圏郊外世代。佐賀にも一時期住んでいたらしい。彼の郊外体験が、あの歌に影響しているのかどうかは不明だが、彼の幼少時に、三遊亭円丈の新作落語「悲しみは埼玉へ向けて」が人気を呼んでいたことは、なにやら象徴的である。その落語にはたしかに春日部も登場していたと記憶する。春日部の敵を佐賀でとったのかもしれない。
しかし、郊外論的に言えば、はなわの歌はあまり面白くない。佐賀はまるで弥生時代のようだという歌詞は、何もない田舎を馬鹿にする昔ながらの常套句だ。山形県では人がまだ槍を持って走っているといったツービートのような痛快さはない。
だが、日本の地方が、東京に比べて地方には何もないということに一種の劣等感を感じ、では地方にも東京風なものをを持ってこようと言って郊外にショッピングセンターをつくり、おかげで廃れた中心市街地に今度はパルコや109を誘致しようとする現実はたしかに厳然として存在する。いや、それこそが地方の様々な産業振興策の根本にある価値観だ。しかしそれは正しいのか?
早稲田大学の創始者大隈重信を輩出した佐賀は、佐賀城を中心とする城下町である。堀割が町中を巡っている美しい町だ。商業の中心は佐賀城趾の北側の中央本町、白山、中の小路、八幡小路あたりであり、今でもかなり商店数は多い。
が、たしかに予想以上にどこにも活気がない。空き店舗も非常に多い。歓楽街は愛敬町あたりらしいが、そこもさびれ方が半端ではない。うらぶれた温泉街のようである。とても県庁所在市には見えない。さびれきった街に、コンビニだけが明るく光っている。
私が行ったのは9月初頭で、まだ暑く、女子高生たちはみな大きめのスポーツタオルを片方の肩にかけて歩いている。地方には独特の学校文化があるが、タオルを片方の肩にかけて歩く女子高生というものも私は初めて見た。もちろん駅前やホテル近くには地べたに座り込む女子高生らがいた。これは全国変わらない光景だ。
また、私の泊まった佐賀ワシントンホテルの近くには、女子高生向けにプリクラなどをたくさん置いただけのほったて小屋のような店があって、男は入店禁止になっている。周囲には店らしい店はなく、「わーぷ」という名のその店だけが若者が集まれる場所のようである。たしかに、この停滞した街の雰囲気の中では、プリクラショップだけが、この街からどこか別の世界にワープできる空間なのかもしれない。
5.佐賀の郊外にあったバスジャック少年の高校
バスジャック事件の容疑者少年は佐賀県立西高校を志望していたが、病気で入院したためランクを落とし別の県立高校に進んだという。西高校は佐賀城公園の中にあるが、公園の中には他に県庁、県立博物館、佐賀大学付属小学校、中学校があることからもわかるように、付属小、付属中、西高と進むのが佐賀県のエリートコースである。
受験の失敗がバスジャックに関係したかどうかは知らない。そんなことはどうでもよい。それよりも、もしそれなりに優秀な少年が、この佐賀という土地で生きていたら、何をどう感じるだろうかと言うことだ。おそらく、自分の能力と佐賀の現実を対比して、自分の将来を悲観したとしてもおかしくない。こんなところにいちゃだめだと思って当然である。何もない。何の活気もない。ただぼんやりと平和なだけの町。何の刺激もない。驚きもない。ただ福岡に吸い尽くされているだけの町。その先には当然東京がある。少年は、ひたすら中心によって吸い尽くされる佐賀ではなく、その中心に自分がいるべきだと思うだろう。だから彼がバスジャックをして、霞ヶ関へ行けと言ったのは、実際佐賀の地に立ってみるとごく素直に共感できる。
もし昔のように東京が遠いところであれば、彼はそう思わなかったかもしれない。長崎本線で博多に行き、博多からまた夜行列車に乗って行かねばならない遠い所に東京があるのなら、その地理的、時間的な距離ゆえに、佐賀には何もなくて、東京にはすべてがあったとしても、それは当然だと思える。しかも当時佐賀には何もなくはなかった。歴史と文化と伝統とコミュニティがあったはずなのである。
しかし今、佐賀駅から福岡天神までは毎日50本のバスがあり、全国にはりめぐされた高速道路の上を走れば、そのまま東京につながるのだ。すぐに行ける東京という心理的な距離の短さと、実際に佐賀に縛られている自分。その落差は非常に大きい。彼もまた東京に「ワープ」したかったのかもしれない。
また興味深いことに、佐賀西高校をあきらめて少年が進んだ高校は、佐賀市の中心を少し外れ、長い堀を越えた郊外の田園地帯にある。付近は国道と県道が交わり、市民運動公園、勤労者体育センター、県教育会館、成人病予防センターなどがある。例のお決まりの空間だ。
少年は高校進学後すぐに不登校となり、結局そのまま1年の時に中退し、その後家に閉じこもり暴れはじめたという。何らかの理由で、その高校と彼は合わなかったのだ。一番校ではないからか、何なのか、それはわからない。が、もしかしてその高校の郊外的な立地が影響したのではないかという仮説を、郊外批判者としての私は、たとえ牽強付会であっても捨てる気になれない。
6.交通網が整備されて匿名性と流動性が高まれば犯罪が増えやすくなる。
私は少年事件のあった地域をいくつか見てきたが、酒鬼薔薇事件の中学校も、すぐ脇に大きな道路があって雰囲気がよくなかった。ナイフ事件があった東松山の中学校も、すぐ近くに国道があった。大量の自動車が絶え間なく走り去る幹線道路の風景は、流動性と不安定性そのものである。そんなものが学校の横を走っていては、落ち着いてはいられない。コミュニティの核である学校が持つ価値と、絶え間なく流動する幹線道路が示す価値は、まったく正反対のものである。
佐賀県の刑法犯認知件数は1997年から2002年にかけて7448件から13222件に増加した。うち佐賀市は1804件から3842件と倍増以上。他に増加率が高いのは、佐賀市と隣接し、佐賀市の郊外と言ってよい佐賀郡大和町(129件から475件に増加)、同・諸富町(同58件から118件)である。
大和町は佐賀市の北側に位置する。国道263号線によって佐賀市内と長崎自動車道を結んでおり、佐賀市エリアの交通の要所と言える。長崎自動車道に入れば、福岡天神までは50分だ。また同町の人口は1990年の20222人から2002年は22575人と11.6%も増加しており、佐賀市周辺では最も発展している地域と言える。
大和町のホームページにはこう書いてある。
「大和町は佐賀県のほぼ中央に位置し、佐賀市より北へ8kmの地点にあり、細長い形態をなし、中央には嘉瀬川が流れ、その河畔川上峡は、川上金立自然公園に指定され、風光明媚で九州の嵐山と称されています。町の中央には昭和60年3月に長崎自動車道が開通し、佐賀大和インターチェンジは、県都の玄関口として脚光を浴びており特に、国道263号線バイパスの開通以後は、イオンショッピングタウン大和等の大規模な商業資本が進出し、県内外より沢山の人達がショッピングや食事に訪れられています。ともに真の 『うるおいとみどりゆたかな文化の町』の実現を目指しています。」
自然の豊かさと都市的な利便性とファッション性をもったショッピングセンターの共存。それはある意味では郊外の理想だ。実際、はなわの歌とは裏腹に、イオンの中には東京の中でも高級スーパーで知られる成城石井すらあるのだ。弥生時代なんてとんでもない。
だが、これは本当に理想か? 理想ならなぜ犯罪が増えるのか?
他方、諸富町は佐賀から福岡に向かう国道208号線沿道の町である。人口は増えていないが、筑後川を隔てて福岡県に面しており、食品メーカーの工場が立地するなど、やはり佐賀市エリアの交通の要所である。
交通網が整備されれば、人の匿名性と流動性が高まる。住人以外の見知らぬ人間が多数行き来するようになるため、犯罪が増えやすくなるのだ。
また交通網の整備は産業を誘発し、地域社会の貨幣経済化、消費社会化を進めるので、やはりその意味でも犯罪は増加せざるを得ない。
7.携帯電話の普及が土地の匿名化に拍車をかけた
さらにそこに携帯電話、インターネットが現れた。その特性が地方での少年犯罪の増加を誘発する。第一に、時間や空間の制約が少ない。第二に、パーソナル化、つまりコミュニケーションをしているかどうかはコミュニケーションをしている者同士にしかわからないということである。
もちろんこれらの特性は都市でも犯罪を誘発するが、しかし都市はそもそも大量な人間たちによる匿名的な空間であるから、別にインターネットを使わなくても犯罪が起きやすいし、事実これまでずっと起きてきた。他方、地方は、限られた親密な人々を中心とする共同体がまだ強い。かつ、商業・娯楽施設などが限られている。また、夜中でも営業している店が少ない。よって、個人が行動する時空間は狭く、知られた人に見られずに行動することが難しい。少なくともこれまではそうだった。
ところが、自動車は高速で広範囲な移動を可能にした。かつ車に乗りさえすれば誰が運転しているかわからない。匿名性を獲得したのだ。同じ県内でも100キロ離れた地域へ行けばまず知り合いには会わないし、別の県ならなおさらだ。まして車に乗ったままロードサイドのラブホテルに乗り込めば誰にも気づかれない。
このようにモータリゼーションの進んだ地方に、さらに携帯電話という武器が加わった。ホテルに連れ込む相手すら、知り合いの中から選ぶのではなく、街でナンパするのでもなく、手のひらの中の小さな機械のボタンを押せば選ぶことができるようになった。たとえその相手が隣りの県にいようと関係ない。車なら1,2時間だ。
このように、これまでは人の匿名性と流動性が高い消費社会は都市部に集中していたが、交通網と通信網の整備によって、あらぬところに都市と同様の条件を備えた地域が生まれてしまう。逆に言えば、土地それ自体もまた匿名化するのだ。こうした事態の進展が地方において犯罪を増加させていると言える。
8.警察は10年前から犯罪増加の原因が郊外化にあることを分析していた。
平成14年度版の警察白書でも、青森、群馬、京都の3府県を事例として、それらの府県の農村部において犯罪件数の増加が激しいことを指摘し、その理由として農村部のベッドタウン化による人口の急増、交通網の整備による人の流動性の高まりを挙げている。
犯罪者が車に乗って、とんでもない遠くからやってくる可能性が増えたのだ。犯罪者の顔は車の中にいては見えない。犯罪を犯した後もすみやかに逃亡できる。警察の人員配置は都市部に厚く、農村部に薄い。よって農村部で犯罪が起きれば出動も遅れる。人口密度が低いので目撃者も少ない。農村部ほど他の各警察署の所管の境界地域にあるので、各警察署の管轄を超えて被害者も加害者も移動する。そのためますます捜査が遅れる。近年犯罪検挙率の低下が進んでいるが、その理由はこうした犯罪発生地点の地理的条件の変化が一因であることは間違いない。蛇足だが、民主党のマニフェストのように高速道路をすべて無料化すれば、犯罪は益々広域化するだろう。
ホームページを検索していたら、なんとすでに平成4年度の警察白書も同じ趣旨の指摘をしていたのである。
http://www.pdc.npa.go.jp/hakusyo/h04/h040101.html
同白書は栃木県足利市を例に取って以下のように分析している。
「過去20年間の傾向として、人口の増加はそれほどでもないのに対し、核家族化の進展による世帯数の増加が急激に進んでいる。これら新たに増加した世帯は、車を利用した移動の日常化等により旧市内に居住するメリットが消失したことなどから、従来田畑であった周辺地域に新市街地を形成するようになっており、この結果、旧市内が空洞化することとなっている。このような現象は、統計上、宅地面積の伸びが世帯数の伸びを上回っていることにもその一端がみられる。新たに形成された新市街地は、旧市内のように一箇所に集中しているのではなく、市内各地に点在するように形成されており、後述するように、その住民の地域社会への結び付きは、従来に比べて弱いものとなっている。」
そして「市街地の拡散は、犯罪の分布にも影響を与えている。犯罪の認知件数及び人口の伸び率について、昭和47年から51年の平均と62年から平成3年までの平均を比較すると、旧市内以外の地域では、人口の伸び率を上回る率で犯罪の認知件数が増加している一方、旧市内では、犯罪の認知件数はほぼ横ばいとなっている」として、「旧市内以外の地域における犯罪の発生が増加し、犯罪が発生する可能性の高い地域が新たに周辺地域に拡大したことは、事件発生時に、警察官がこれまでよりも遠方に出動しなければならない必要性を増大させるとともに、警察官による警戒対象の拡散を生じさせており、捜査員等の配置、運用に当たって重点を置くべき地域が拡大する結果をもたらしている」と明言している。
さらに白書は「市街地の拡散は、従来農地であった隣接市町村との境界地域に、新しい市街地を形成させることとなっている。例えば、群馬県との県境付近は、過去20年間の人口及び犯罪認知件数の増加が著しく、このことは、これらの地域における捜査活動強化の必要性を増大させるとともに、他の県警察との協力を恒常的に行っていく必要を増大させている」として、「以上に述べたような地方都市における市街地の拡散とそれに伴う犯罪の変容の状況は、宅地の拡大が、世帯数の増加を超えて、全国的に、特に大都市圏以外の地域において顕著に進行していることからみて、これを全国のその他の地域に一般化して考えることができる」と明言しているのである。
さらに白書は続けている。「足利市では、買物等の日常生活の様式の面にも変化がみられる。例えば、大規模小売店舗(店舗面積が500平方メートル以上のものをいう。以下同じ。)の数は、昭和47年には6店舗であったものが、平成4年では26店舗となっており、また、いずれも多数の車両を収容できる駐車場を備えている(4年現在における26店舗の駐車可能台数の平均は約110台である。)。これは、市街地の拡散や自動車利用型の生活の一般化と軌を一にする現象であり、かつて主として旧市内の商店街で行われていた買物が、自動車を利用して郊外のスーパーマーケットで行われるようになってきたことを示している。これにより、移動に自動車を利用することが一般化し、いわゆる井戸端会議のような場が減少するなど、人々が近隣の人々とコミュニケーンョンをする機会が減少してきており、また、この結果、日常、家事や買物のかたわら、近隣の様子について細かく見聞きすることのできる機会を有する者の絶対数は減少している。」
なんとすばらしい分析であろうか!! 警察はもう10年以上前からわかっていたのだ。平成4年といえばバブルがまだ完全にははじけきっていない時代だ。犯罪件数もまだ増えていない。しかし、80年代以降バブル期にかけての日本の総郊外化が新しい犯罪情勢を産んだことに白書は気づいていた。だがその後も景気の後退が進むほどに土建予算が投下され、道路が延び、郊外化が進み、犯罪も増えていったのだ。
亀井静香は先の総裁選において、東京だけが繁栄して地方は衰退している、荒廃している、さらなる公共投資が必要であると主張したが、警察出身の彼は公共投資こそが地方を根こそぎにし、コミュニティを崩壊させ、犯罪を増加させているという現実を知っているのだろうか。
犯罪件数が高度経済成長期に減っていったこと、また近年景気の後退とともに犯罪が増えたことを根拠に、景気が回復すれば犯罪は減少するだろうという予測がある。たしかに経済情勢に規定された限りでの犯罪は減るだろう。しかし犯罪は経済的動機にのみ規定されるのではない。佐渡島から海を渡って少女を連れ去りに来る人間が景気回復とともにいなくなるとは思えないし、そもそもどんな人間でも容易に移動できる環境が犯罪を助長しているのだとしたら、景気の回復は益々犯罪を増やすかも知れないのだ。
9.ジャスコ文明
犯罪の広域化の例は、最近の連れ去り事件などにも典型的に現れている。
たとえば10月7日、三重県桑名市西金井の路上で、同市立桑部小学校3年生の女子が連れ去られる事件があった。容疑者は愛知県刈谷市松栄町1,派遣会社社員、高村祐太(23歳)。西金井は東名高速道路と国道258号線に囲まれた地域で、川沿いの農村地帯。
高村容疑者は、「かわいい子がいないかと思って自宅から車を走らせていたら桑名についた」と供述している。桑名までの経路は不明だが、車による移動がいかに容易かを示す事件である。日経新聞10月8日付は「のどかな田園地帯に衝撃が走った。住民らはこんなどころでなぜとショックを受け、困惑している」という記事を書いているが、どんなにのどかな農村でも高速道路で他県と容易に往き来できる。だからこそわれわれは宅配便を使えるのだし、日本中のコンビニやスーパーには毎日物が溢れているのだ。その生活の基盤が高速道路網にある。しかしわれわれは道路網が犯罪者をも容易に運んでくることに対してあまりに無頓着だ。
9月2日に新潟県村上市で起きた連れ去り事件はどうか。容疑者の無職近藤順(26歳)は佐渡島の金井町泉甲に住んでいた。車に乗り、フェリーに乗って村上市まで来ている。被害者は同市下相川の中3の女子。連れ去りは下校中に起きたが、市の中心地の北にある市立村上東中学から東にある下相川までは門前川沿いに1キロほどしかないが、そのちょうど中間には新潟市と東北方面を結ぶ国道7号線が走っており、門前川の南側には川と平行して国道3号線が走っている。詳細は不明だが、容疑者はおそらくそれらの国道を通ってきたのであろう。ちなみに、偶然だが国道7号線は武富士事件の弘前市、そして犯人の居住地である浪岡町までつながっている。犯罪者は自動車に乗って、どこにでも走っていくのだ。
道路はしばしば動脈と言われる。社会という体を動かすための血液を運ぶからだが、しかし血液の中には新しいウイルスも混ざるり、体中を駆けめぐるのだ。
村上市は雅子さまの父、小和田恒氏(元外務事務次官)の祖先が村上藩の藩士であったことでも知られている。そうした人材を輩出するほであるから、村上市は相応の歴史のある地域だ。市のホームページによれば「村上市は古くから県北の城下町として栄え、瀬波温泉をはじめ、恵まれた自然と歴史が生み出した伝統・文化を誇る観光文化都市。東には磐梯朝日国立公園を望み、西は白砂青松の日本海に面し、市の中心部には『母なる川・三面川』が静かに流れる。村上城跡のある臥牛山を中心とした旧武家町・商人町の町並みは、自然と歴史が調和した文化薫る風情を、今に残している」。人口はわずか3万人ほどであるから、静かな地方小都市である。事件を報道する朝日新聞9月4日付夕刊にも、事件の「現場は同市郊外で、水田の間に集落が点在する農村地帯」とあるから、新潟県の中でものどかさを残す地域であろう。
しかし地図を見ると、国道7号線沿線には、ジャスコ、新潟レジャーランドなどがあり、またまたお決まりの郊外的風景が広がっていることがわかる。
新潟レジャーランドは、金沢市で1979年に設立した株式会社山崎屋が運営するロードサイドのゲームセンターであり、今では北陸地方はもちろん、首都圏にも多くのゲームセンターを運営している。一見のどかな農村地帯にも、ロードサイドには消費社会とレジャー社会の波が押し寄せているのである。

図 村上市の事件現場周辺地図
ちなみに先の三重県の連れ去り事件現場のほど近い東名高速の桑名インター付近にもジャスコがある。佐賀にもあった。後述する須賀川にはないが郡山にはある。
また、桑名のジャスコの北部は桑名市の大山田ニュータウン地域であり、先述した長崎、佐賀などと同様、総合運動公園、東員病院などが地図に見える。重松清著の「定年ゴジラ」をNHKがドラマ化したときのロケ地がこの大山田ニュータウンだったという。当初は、日本最初のニュータウンの一つ高蔵寺ニュータウンでロケを行う予定だったが、都合により大山田に変更したというから、中京地区では代表的なニュータウンなのであろう。
ジャスコはこれまで、日本中の高速道路インター付近などに出店してきた。私の出身地、上越でも国道18号線と北陸自動車道のジャンクション付近にある。インターチェンジ付近への出店は、流通コストの削減、品揃えの強化、超広域的な商圏獲得に役立つ。出店戦略としては実に合理的である。よって、ジャスコのあるところには犯罪も増えるという相関も生まれる。もちろんジャスコが悪いわけではない。が、大型ショッピングセンターができれば、地域住民以外の人々が大量に往き来するようになり、匿名性と流動性が高まるから、必然的に犯罪が増加し、検挙率が低下することは避けられないであろう。
2002年8月15日付日経新聞は「イオン、人口減少地で優位」という日本経済新聞社の「新・ビッグストア調査」の結果を発表している。これによると、「イオンは市場の成長力が比較的弱く新規参入も少ない地域を押さえており」「東北のほか、関東内陸、北陸、近畿でそれぞれ店舗面積シェアが最も高い」という。村上市にも桑名市にもあるのは偶然ではないのである。
そして「特に東北では3.3平方メートル当たり売上高上位20店のうち、15店を占めるなど効率面でも優位に立つ。商圏人口全体が減少している地域の店舗の構成比が面積ベースで9.8%と高い。」という。つまり、人口が減少し、ただでさえ市場が縮小している地域に出店し、その地域の商業全体に占める比重を高め、競争優位に立つという戦略なのである。
参考までに、1995年から2001年にかけて犯罪認知件数の増加率が高い都道府県を見ると、多い順に、奈良県2.3倍、兵庫県2.03倍、岐阜県2.014倍、三重県2.006倍、佐賀県1.98倍、秋田県1.94倍、愛知県1.89倍、京都府1.805倍、大阪府1.799倍、香川県1.83倍、富山県1.78倍、茨城県1.75倍、福島県1.73倍などとなっており、たしかに近畿、東北、北陸といったジャスコの強い地域での増加率が高いようである。

図 桑名市の事件現場周辺地図

図 大山田ニュータウンの位置
出所:都市公団ホームページより
10.失われた10年に失われた地方
9月11日の福島県で起こった連れ去り事件も、須賀川市という人口6万7千人ほどの小さな都市が舞台だった。福島県民でなければ存在を知らない市だ。市のホームページには「福島県のほぼ中央に位置する須賀川市。国道4号を挟んで東西に伸び、市街地は、東北に馬の背のように伸びる丘陵地に広がっています。西に那須連峰、東に阿武隈地域の山並みを望み、市内中心部を阿武隈川と釈迦堂川がゆったりと流れています」とそののどかさをアピールしている。
しかし実は須賀川市は東北自動車道、東北新幹線の沿線であり、市の南部の石川郡玉川村大字北須釜には福島空港がある。だから須賀川市のキャッチフレーズは「人と自然が輝く臨空都市」である。市の北には郡山市があり、国道49号線と磐越自動車道が本州を横断して新潟までつながっている。このように須賀川は県央の交通の要所といえる地域なのである。

図 須賀川市の位置
出所:須賀川市ホームページより
事件のあったのは須賀川市大黒町、被害者の小6女子の学校の住所も大黒町、女子の住所は隣接する須賀川市丸田町だが、これらはすべて国道4号と118号の交差点である大黒町交差点の周辺である。国道118号線は西進するとすぐに東北自動車道の須賀川インターに至る。
さて、須賀川市で小学6年生を連れ去った男、無職・菅谷章容疑者(55歳)は、栃木県真岡市生まれ、住所不定の元バス運転手だった。7月下旬まで千葉県習志野市に住み、千葉市内の民間の高齢者施設で送迎バスの運転手として働いていたが、その後は定職に就かず、習志野ナンバーのワンボックスカーで生活しており、千葉、茨城、栃木、群馬、福島、宮城の各県を転々としていたという。やはり容疑者は県を越えてやってきたのだ。
新幹線や高速道路は農村地帯を走っているので、全国的に知名度の高くはない土地をたくさん通っている。しかしそうした農村地帯が、そうした高速交通網の整備によって、ある意味では経済社会の先端に位置づけられる。物も人も情報もそこをターミナルとして移動する。そうした大きな変動が、古くて小さな農村社会に襲いかかっている。そういう店にわれわれは無自覚すぎる。
ちなみに須賀川市では、宮の杜ニュータウン、牡丹台アメニティゾーン、東北新幹線新須賀川駅周辺開発整備事業、北駅周辺開発整備、南駅周辺開発整備、国際物流基地整備事業など、交通の要所であることを踏まえたプロジェクトも多い。他方、「中心市街地活性化基本計画」も進められている(村上市、桑名市、佐賀市、長崎市、弘前市、上越市も同計画を進めている)。
郊外部でのビッグプロジェクト推進と、中心部市街地活性化は、本質的に矛盾する。郊外化を進めれば中心市街地が衰退するのは当然である。しかし日本中の至る所で、同じ図式での政策が推進されている。したがって地方には、郊外化のための予算と中心市街地のための予算が二重に投資される。これはいわば土建予算の二重構造である。これが土建予算をますますふくらませることになるのだ。
おそらく自民党が守ろうとしている地方の権益も、こうしたところにある。もともと農村地帯だから自民党の地盤である。そこに80年代以降、新幹線、高速道路などの整備が進み、開発が進むと、農地が高く売れ、かつ土木建築の仕事も大量に発生した。しかし、道路もビルも一度つくればそれで仕事は終わりだ。特に継続的に雇用が生まれるわけではない。当然その地域の景気は低下する。そこで自民党の政治家先生に陳情が行き、不要な土建予算が組まれる。そうしたことの繰り返しが「失われた10年」の実像であろう。しかしそれによって本当に地域は再生したのか、地方は本当に豊かになったのかが真剣に問われねばならない。その問いかけなしに、地方分権や地方自治を論ずることは空しい。失われた10年に本当に失われたものは、金ではなく「地方」そのものかもしれない。そして、地方が失われたからこそ、今、郷土への愛という名の愛国心が叫ばれるのだ。
冬樹社『プシコ』2003年12月号より
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