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団塊世代006 古い日本

 1878年、明治11年に、日本で五番目に人口の多い都市はどこだっただろうか。1位はもちろん東京だ。が、その人口はわずか67万人である。2位大阪29万人、三位京都23万人、四位名古屋11.4万人。そして五位は金沢で10.8万人である。さらに六位以下は、広島、和歌山、横浜、富山、仙台、堺、福岡、熊本、神戸、福井、松江、新潟、鳥取とつづく。現在と比べると、北陸、山陰の都市が上位にあることがわかる。
 これが日清、日露、第一次世界大戦を経て、日本が近代化、工業化を進めていく過程で激変する。大正時代には東京、大阪など大都市への人口の集中が起こる。1920年、大正9年は、東京217万人、大阪125万人、神戸61万人、京都59万人、名古屋43万人、横浜42万人となる。地方で生まれた人間が、仕事を求めて東京などの大都市圏に出ていくというスタイルが1920年代頃から定着したのだ。新潟県出身者で言えば、田中角栄がまさにその時代に東京に出た人物の代表であろう。
 地方から東京への人口の移動という現象は、1960年代までは顕著である。逆に言うと、1960年代以降は、最初から大都市圏で生まれ育った人間が増えるということだ。親の世代がすでに多く大都市圏で暮らしていたからだ。
 それに対して団塊世代は、まだ地方から大都市に出ていった世代のほうに属する。特に第二次世界大戦末期には、大都市の人口は激減していた。昭和19年には656万人だった東京23区の人口は昭和20年には278万人しかなかった。言うまでもなく、戦禍を逃れて郷土に戻ったり、農村に疎開する者が増えたからだ。
 こうしてみると、団塊世代の出生の特徴は、彼らが広く日本全土で生まれたということ、特に日本の農村部で生まれたということにあると言える。その傾向は、前後の世代よりも強いはずである。
 団塊世代の出生の二番目の特徴としては、彼らが多産時代の最後の世代だということが挙げられる。現在1.32にまで減ってしまった合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供の数)は、団塊世代の生まれた時代にはまだ4.4前後もある。きょうだい4、5人が当たり前という最後の世代なのである。
 団塊世代の出生の第三の特徴は、団塊世代は、戦争中に減少していた出生数を取り戻すために作られた世代だということだ。つまりは、戦争から帰ってきた男たちが作った子供である。
 こうして見てくると、団塊世代の出生は、戦後という時代の明るく解放されたイメージとは裏腹に、まだまだ古い日本を引きずっている。地方の農村、たくさんのきょうだい、戦争から帰った男たち。もちろん親は見合い結婚。恋愛結婚なんて想像もできない時代。そこには「封建的」で「男尊女卑」で「家父長制的」な価値観が色濃く残っているとも言える。
 私は、15年ほど前にやはり雑誌で団塊世代論を連載したことがある。そこで団塊世代の女性について大きな記事を書いたことがあったのだが、その記事に対して読者の団塊世代女性から私にやや感情的な電話があった。詳しい内容は覚えていないが、彼女がしきりに「私たちは戦争から帰ってきた親から生まれたの、わかる?」と言っていたことだけは今も強く印象に残っている。
 おそらく彼女はこう言いたかったのだろう。
 私たちの親は間違った戦争をして負けた。負けて帰ってきた男たちが、親の決めた女たちと結婚し、そして生まれたのが私たちだ。だから私たちの出生はけがれている。古い日本の中から生まれたのだ。だからこそ私たちは新しい正しい日本をつくりたい。新しい生き方がしたい。自由に恋愛し、結婚し、明るい家庭を作りたい。そう強く思ったのだ、と。


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